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気楽会の観光案内課 



第30回6月12日(日)参加者募集中です。

第30回「気楽会の観光案内課」
日時:2016年6月12日(日)9:00~16:00
集合場所:気仙沼市役所
参加費:2000円

お問い合わせはメールで
↓↓↓↓

kesennuma_kirakukai@yahoo.co.jp 主催:気楽会
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おはようございます。
佐藤です。
9月は第五週まであるのですね。
ひゃー(;_;)。と、思いきや。


待ちに待った、仮設住宅の説明会が昨日ありました。その連絡をいただいたのは、1週間前。
10月かぁ~。と諦めていた矢先だったから、意外な早さにびっくりです。
こういうのは、嬉しい(*^_^*)


むかえた説明会。
市内、千厩、折壁を含め建設されている仮設住宅87箇所のうちで、最後の説明会となりました(>_<)
未だに仮設入居が決まっていない方もいらっしゃるそうですけどね。


台湾からのテレビ取材がある中で、仮設入居のいわゆる「掟」の説明。。。大丈夫かな?と問いかけながら、お話を伺いました。

手続き終了後、いただいた鍵を持って、いざ!!!


実は、用心棒を連れて、下見に行ったこともあり、ある程度のことは把握済み。だから、説明会前日は、あれこれと考えて、考えて。。。考えすぎて、冷えピタを貼りつつ、寝付けない夜を過ごしました。


中に入ると、感じるのは支援の輪です。
日本赤十字からいただいた家電製品、佐賀県有田町からの食器、ドイツからは布団や日用品など。
何から揃えたらいいのかと、まったくわからなかったので、いただいた支援には頭の下がる思いです。
改めて、ありがとうの感謝の気持ちでいっぱいになりました。
こうして命をつないでいられるのは、直接の支援や、間接的であっても、みなさまの思いのおかげです。


入居期限は1週間以内とのことで、少しずつ荷物を運びながら、新しい生活の準備を進めていきます。しばらくは、バタバタしながらになるのかな、と。
でも、何事も楽しみながら、やりたいものです。


ようやく、プライベートな時間が確保できます。
長かった~(^-^)



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こんばんは。
佐藤です。
9月も、もう半分。
時間の流れが、早くも遅くも感じます。
復旧、復興への足跡を感じつつ、18時を過ぎると辺りは真っ暗です。
当たり前だった、家々の明かり、電灯も、まだまだ乏しままです。


仲秋の名月に、栗だんごや芋を食べ忘れてたな~と(近々に。)


いよいよ、仮設。
あと1週間で完成、との話を聞きました。
でも、検査に二週間かかるとか。
噂に振り回されて、正しい情報が何なのか?、わからないことも、多々ありました。
あと少しの我慢かな。


その時々の環境や心境によって、耳に残るフレーズがあって。
以前、気仙沼にGLAYが来てくれたのに、仕事で見に行けなかった後悔から、車の中で聴き続ける毎日。

BELOVEDのこの歌詞が響きます。
「どんな時も
自分らしく生きてゆくのに
あなたがそばにいてくれたら」


変わりゆくこと、変わらずにあること。。。
自分らしく生きるのに、大事な仲間との絆を。





こんにちは(^-^)
佐藤です。
台風12号接近に伴い、雨模様の気仙沼ですね。


おかげで、ようやく仮設が決まりました。
7月末の選考は当たらず、次に行われた選考で連絡がありました。
でもね、まだ完成してないんですけど(*_*)
入居は早くても、9月下旬というところでしょうか。。。
数日前に様子を伺ってきたら、下記写真のようでした。
う~ん。。。まだかな~。まだだな~、と。


避難所に半年もいるとは、思わなかった~(>_<)
8月末には、きっと仮設に!?と希望を持っていたけど、甘かった~(;_;)


岩手や福島では、避難所閉鎖とのニュースを見ると、一喜一憂してしまいます。いつになったら。。。という気持ちが拭えないときもあります。
世間では、復旧!復興の明るい話題を耳にするのに、嬉しい反面、取り残されていく気持ちを感じたり、と相反する思いに悩むときもあります。
そんなときは、無理することなく、相談してみようかなって。友人だったり、先輩だったり、プロだったりに。


1人ではどうにもならないことも、誰かに話すことで、道は開けてくると思うから。
がんばることに疲れたら、やめちゃえばいいや!と。肩肘張らずに、力を抜いて。
そういうことを、周りから教えられてきた。


9月はいろいろな意味で区切りをつける月になるかな。





毎日、暑いですね。

こんばんは(^-^)
佐藤です。


屋外の方はもちろん、屋内で仕事等される方も、こまめに水分補給を忘れずに。

それから、隔週木曜日のブログ担当させていただくことになりました。
書き慣れてないので、迷うことも多く、うまくまとめられないかも(>_<)ですが。。。
よろしくお願いします。


今日は、待ちに待った仮設の選考会。
希望している地区の選考は、今回で2回目です。
というのは、仮設住宅の申し込みの際、居住地の希望を記入するのですが、前回で当たらなくても、第一希望の地区がずっと優先されるのです。

長かった。。。というのが、本音です。
1回目(5月下旬)のあと、希望する階上地区には、仮設の「か」の字もなく、ようやく着工されたのは7月1日。
用地確保に困難を窮めたのでしょうけど。
待ちわびておりました。

避難所生活も3ヶ月を過ぎた頃から、ピークに達していて、すでに限界(><)
胃が痛む日々でした。

まだまだ、多くの方が避難所生活を強いられていて、先の見通しも立たないでいるのは、辛いことだと思います。


そして。
先日の休みに、陸前高田市まで足を伸ばしてきました。大好きな地の1つであった高田松原。
大好きな友人とよくドライブに行ったものです。
震災後、初めて訪れました。
言葉になりませんでした。カメラに収めることも出来ませんでした。
あの街並みは一体。。。と。

そのあと、大船渡の碁石海岸まで行ってみると。
まさに、マリンブルー。
キレイな色だなって思うと同時に、悔しいと言ってしまう自分がいました。


大好きな海が、大嫌いな海に変わり。。。
憎んでしまったときもあったけど、すぐにその気持ちは薄れた。
ふと目にした新聞に、海が悪いわけではなく、プレートが動いたためだと書かれていたから。
海が悪いわけではないと。でも。
まだ海のそばで暮らす気にはならない。
ほぼ毎日のように実家には行ってるけど、長くゆっくりはいられない。
やっぱり、波がコワイ。


いつか。
気仙沼の海が、生まれ育ったお伊勢浜が美しいマリンブルーの海になることを祈っての、一枚です。






おはようございます。
佐藤です。

復興に向けて!
と思いながら、その言葉について、どう捉えたらよいのか、ふと悩み。。。(>_<)
そんなときに、新聞の社説欄を何気なく読んでいたら、見つけました。


【「復興」とは、ここは本当はいい所と思う人々の心の物差しを中心に据え、もう一度暮らしの場所を取り戻す共同作業。】

頭のかた~い私に、すーっと響いてきました。
そういう視点でいこう、と。心のものさし、で。


長引く避難所生活も、プチ休憩のため、この春から名古屋に住む兄たちのところへ行ってきました(^-^)


所用のため、三重県まで足を伸ばしましたが、高速のPAでは東日本大震災による節電がうたわれていて、日本中で、協力されていることを実感しました。
ありがとうございます(*^_^*)

また、ふら~っと寄った焼肉屋さんでは、男山さんの「蒼天伝」を発見!!!
思わぬ場所で見つけた、気仙沼。
伺ってみると、問屋さんを通じて、仕入れるようになったそうです。
とても嬉しい~o(^-^)o
昨年夏、みなと祭りで大変お世話になった思い出深いお酒なので、喜びも人一倍に。
写真は、お店で見つけた「蒼天伝」の広告。
あとは、観光で行った鳥羽水族館の魚たち、名古屋城です。


そして。
今日は、☆七夕☆です。
願い事は短冊に記しましたか?(^-^)
私は、叶えたいことがいろいろとありすぎので、「どこでもドア」があったらいいのにな、って思います(^^ゞ





こんばんは。
佐藤です。


本日、「気仙沼の復興を語る会(仮称)~おだづなよ!負けてたまるか気仙沼~」に参加してきました。


前回の交換会で出た「不安」、「情報を共有できる場が欲しい」、「助けを必要とする人のニーズがわからない」を踏まえて。。。というと難しく考えてしまいそうになりますが(><)
ボランティアしていて感じたこと、気仙沼出身で遠くに住んでいるけど‘何かをしたい’だけど、何をしたらいいのか。。。というジレンマがあるなど、思い思いに発言していただきました。


故郷のために何かをしたい!!
でも、何ができるのか。。。
それは、気仙沼人、共通の思いではないでしょうか?実際、何ができるの?と問われたら、う~んとなってしまいます。


1人で悩んでいても、どうにもならないことがたくさんあります。
何かを動かせる‘力’を持ち合わせてはいません。
ただ、足を運んで得られることは財産になります。
その中で、できることを見つけていけたらいいかな、と。
非力ながらも、感じたことでした。


ないもの探しではなく、あるものを見つけて、ずっと残していきたいものを受けつないでいく、橋渡しになれたらいいかな、と思います。


感想ばかりになってしまいましたが、様々な方々の“声”が聞きたいですね。


次週も予定しております。興味を持たれた方、話を聞いて欲しい方、是非お待ちしております。


おはようございます。
佐藤です。


朝靄のかかる中で、久々にラジオ体操をしました。
空気を吸いながら、体の節々を伸ばすのは、気持ちの良いものですね。


ふと、目線を下げると。。。
赤・白・ピンクの花が目に入ってきます。
そして、芽を出したものも。未来への希望を感じ、見るだけで、‘ふっ’と心癒されるとき。


心なしか、『おはよう』と挨拶されているみたい。
仕事に行くときは、『いってらっしゃい』と見送っているのかな。


じゃあ、帰ってきたときは、『おかえりなさい』と迎えてくれてるね。


母の「○○ちゃん、おかえり」がずっと、頭の中でこだましていて、離れない。今度の11日で、震災から3ヶ月になる。
その日は、死亡認定の日でもある。

もう聞くことができないんだよね。
一つの区切りの日が迫ってる。





こんにちは。
お久しぶりになります。
佐藤です。


今回の震災により、被災されたみなさまに心よりお見舞い申し上げます。
私も、その1人であり、少しばかりお話しさせていただきます。


避難所生活も2ヶ月が過ぎました。
“もう”なのか、“まだ”なのか…、どちらとも言えません。祖母の遺体は確認しましたが、母は依然として行方不明のまま、だから。


私が住む階上地区の杉の下は、震災で近くのお伊勢浜海水浴場に、15M前後の津波が来襲。約85世帯がほぼ全壊し、死者・行方不明者は住民の約3割の91人に上ります。


3月11日、14時46分地震発生。
大津波警報により、避難場所に集まった人たちは、引き波により、ほぼ流されてしまいました。奇跡的に助かった方々の話を伺うと、椿の木につかまったとか、流れてきた木にしがみついた、避難場所の近くにあった倉庫と一緒に流され、咄嗟に「このままではいけない」との判断で、屋根に上がり、泳いで助かった方も…。
近所のおばちゃんも、木に引っ掛かって助かったけど、波にのまれた時は「もうだめだ…」と思ったと。壮絶な現実が、そこにありました。
私は、仕事中だったため、勤務先で避難していました。


今居る避難所は、同じ集落の方々と。
避難所の1日は、
6:30→ラジオ体操
7:00→朝食
17:30→夕食
21:30→消灯(門限は22:00)というスケジュールです。他に当番制で、トイレ掃除(男性)、炊事(女性)などがあり、班ごとに分かれて、3日に1回当番がまわってきます。いただいた食材でメニュー決めを行うのは、さすが!料理人のみなさま☆☆頭の下がる思いです。

先月、避難所近くの畑に、津波にのまれながらも生き延びた野菜や花を、避難する住民有志の方々で植えました。
亡くなった家族らの弔い花として、自身の手で育てた花を供えたい…と。


頼れる自治会長のリーダーシップのもと、協力し合い命を繋いだ1ヶ月、自立への道を進みはじめた2ヶ月と過ごしてきました。
強く、明るく、笑いもありながら一つの大家族で生活しています。


震災当日。
命がある、それだけでよかった。生きてさえいれば、あとはどうにでもできる、と。
【生かされた命】
多くの方々からの支援、さまざまな協力があってこそ、この命があるんだなと。
本当に、心から…。
心を込めて、《ありがとう》の感謝の気持ちでいっぱいです。


ただ…。
大事なのは、人命で。
母の手作りいちごジャムを一枚のパンに塗って、半分こにして食べていた何気ない時が愛おしく感じます。もう食べられないのかな…。


添付した画像は、1枚は、うちの避難場所(最近、撮影したもの)。
以前はバス停として利用していました。
電柱の先端が折れていて、津波の高さや、波がきた方向がわかります。
…でも、ごめんなさい。
この場所は、避難場所といえるのでしょうか?


もう1枚は、震災翌日のもの。
家の様子を見に行ったら、驚いたことに、2階部分がひっくり返した形で残っていました。
後日、瓦礫の中から生きるために必要なものを取り出すことができました(兄からは、たくましいな!と一言。う~ん、嫁の貰い手がないですね、これじゃあ(笑))。
このように残っていたのは、きっと、母が守ってくれたのでしょうね。
この画像の左側奥の方に、向洋高校が写ってます。
それから、右側の水たまりは、以前は田んぼでしたが、堤防が壊れて、流れてきた海水が引けずにあります。


もう1枚は、5/17、早朝。大分県別府市に駐屯する第41普通科連隊の帰還にて。命を支えてくださった、耳を傾けて捜索してくださった自衛隊のみなさま。
国道にみんなで並んで、大漁旗、お手製のミニ国旗、横断幕とともに、「ありがとうございました~」の大声を張り上げて、笑顔でお見送り。
「がんばってください」と励ましの声をいただいたり、敬礼されたり。涙ぐむ自衛隊さんもおりました。
みなさんが守ってくださった気仙沼。
まだまだ、多くの方々の手が必要だけれど、復興への道は自らが動いていくこと!と思いました。


どんな状況であっても、このままでは終わりません。不安に押しつぶされそうになっても、絶望で埋めつくされることはなかった。
震災当日、ライフラインがストップしたときに比べれば、微力ながらも、少しずつ進んでいます。


だから、必ず気仙沼は復興します(^-^)

みんなと手と手を取り合いながら、一歩ずつ前に。
『共助』の精神で。





みなさま、お疲れさまです\(^O^)/
“はじめまして”になります。
佐藤と申します。
よろしくお願いします。


あなぐまちゃんからのバトンを受けまして。

一年を振り返ると…。

たくさんの出会いに恵まれた年でした(^^)v
準備から参加させていただいた《みなと祭りの立ち飲みBar》、ホルモン初参戦の《北上遠征》などイベントを通じて、個々の力を合わせて作り上げる素晴らしさ、人とつながる楽しさを体験することができました。
出会えたすべての方々に、感謝です。


こうして、ブログリレーに参加できているのは、勇気を出した‘あのとき’があったから(^-^)と。

‘あのとき’というのは、5月に開催された熱ステ!アロマセラピーです。
(ゲストの畠山和絵さん、お世話になりました。ありがとうございます。 )

今だから、笑って話せますが、久々の参加に心臓がバクバク(◎-◎;)し、手が震えて字が書けないほどでした(笑)
もちろん、行くのやめようかな、と後向きな考えもありました。


ただ、どうしても参加したい!行ってみたい!
そんな気持ちに、押されていました。
勇気を持って、一歩を踏み出すことで、自分は変えられるんです。

どんなことでもいいから、やりたい!と思ったら、まず、一歩進んでみましょう。
きっと、変わります。
そして、それを受け入れてくれる周りの人は優しいですよ。

一方では。。。
12年間一緒にいた大好きな犬が旅立ちました。
毎日出迎えてくれていたので、それがなくなり、存在の大きさを痛感しています(;_;)
命の尊さ、儚さを同時に教わった気がします。
…でも、やっぱり寂しいよ~(>_<)



そんな1年を踏まえて、
★*…*
2011年は新しく何かを増やしたい!
作り出したい!!
*…*★

夢や目標を持ち、よりよく生きて、歳を重ねていけたら、素敵なことだな~と思うので(*^_^*)

大分、抽象的すぎて、すみません。

『ありがとう』という感謝の気持ちと笑顔を忘れずにいたいものです。

それでは、
明日のハラダちゃんに、バトンタッチo(^-^)o


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